世界の広告の起源とダイレクトメールの歴史について
2024.03.06 2022.11.08ダイレクトメールこの記事では広告全体の歴史に少し触れた後にダイレクトメール(以下:DM)が1900年以降どのような目的で使用されていたのか、以下の3つの時代区分に分けて解説していきます。
- 1900年代前半
- 1900年代後半
- 2000年代
DMの歴史を通じて、オンライン技術の進歩が目まぐるしい現代社会で、DMを効果的に使用する手がかりを探っていきます。DMの歴史、DMというマーケティング手法について理解し自社の販促にお役立てください。
それではまず、「広告」全体の歴史について簡単に解説していきます。
目次
世界の広告の起源
現在わかっている、世界で最も古いとされる広告は、5000年前のバビロニアで発明されたと言われています。
現代のように紙など存在しなかった時代で、煉瓦に象形文字を刷り込んだものが使用されていました。そこには、煉瓦が使用され建築されたお寺の名称と、そのお寺を建立した王の名前が刻まれており、王朝などの宣伝を目的としていました。
そして、日本でも古くから広告が使用されていましたが、日清戦争(1894年)の頃までは、基本的に上述したバビロニアの例のように、名称や存在の認知を目的として使用されていました。
※日本で最初の広告は奈良時代に出された商店などの看板広告だとされています。
つまり、広告はもともと、「名称」「存在」をアピールするために使用されていたもので、現代のDMのように「商品を売る」といった目的のために使用していたものではないという事です。
日本の最初のDM
しかし一方で、日清戦争以前にも、現代のDMに通ずるような使い方をしていた人もいたようです。
江戸時代後期、戯作者が宣伝文を書いた現代でいう広告チラシに当たる引札というものが存在していました。そして引札には、相手の名前を記すスペースが空けられていました。
戯は簡単に言えば見世物の一つで、歌舞伎や演劇などに当たります。当然、見物するにはお金を支払う必要があります。
現代風に言えば、「イベントを開催するから来てください。入場料は〇〇円です。」といったことを伝えるために作成されたもので、受け取る人の名前も入れていることから、現代のDMと変わらないものであったと言えます。
そしてこの引札が、日本で最初のDMであったとされています。
次に、1900年代前半のDMについて解説していきます。
1900年代前半のDM
日本のDMの起源は江戸時代でしたが、その後、大正期半ばになり、三越が初節句を迎える女の子を持つ家庭に「宛名広告」というものを配布しました。
見世物への集客以外で使用された宛名入りの広告はこの三越の広告が初めてだったそうです。
反響も良かったため、日本でDMという手法が広まりつつありましたが、その後すぐに戦争によって生活が困窮し、さらに言論統制や紙の用途制限がかかったこともあり、1900年代後半になるまでDMという手法が確立されることはありませんでした。
一方でアメリカでは、1900年初頭にはすでにインバウンドマーケティングの代表的な手法としてDMが取り入れられていました。
そして、「クーポン」「キャンペーン」という、今でも高い効果を発揮し続けているマーケティング手法もこのころには一般的に使用されていました。
例えば、石鹸メーカーのColgate Palmoliveが出したクーポン付きDM(来店してクーポンと石鹸を交換する仕組み)は合計で20万通配布され、わずか1週間で2万件のクーポン利用が計測されました。
また、「無料お試し」といったキャンペーンも1900年代前半にアメリカで確立されたマーケティング手法です。歯磨き粉を10日分無料試供として出した企業や、自転車を30日間無料で試乗してもらうキャンペーンを行う企業があり、ともに高い成果を上げています。
A/Bテストが始まったのも1900年代前半
1900年以前は、広告は「出してみるまでわからない」というギャンブル性のあるマーケティング手法でした。
しかし、1900年初頭に、クロード・ホプキンスという人物が、レスポンスが見える仕組みを構築しました。
クーポン付きのDMを送り、そのクーポンを利用させることでどのDMから何件のレスポンスがあったのか計測しました。
さらに、複数パターンのDMを用意してそれぞれのレスポンスを計測し、より高い反応率を出したDMを、より多くの人に送るというDMの使い方を始めました。
これがA/Bテストの起源です。そしてこの手法は後の広告、マーケティングの歴史に多大な影響を与えました。
1900年代後半のDM
第二次世界大戦によって世界各国で発達した技術があります。
それが「通信技術」です。
1900年代後半に入るとテレビが一般的になり、テレビ広告が発明されました。
このころになると、テレビCMのようなマス広告を利用する企業が多くなり、マス広告とDMをかけ合わせてマーケティングを行う企業も出てくるようになりました。
例えば、商品の用途・効果はテレビで宣伝し、それが浸透したころにクーポン付きのDMを送るといった手法がありました。
また、そういったマーケティング手法を行う際、どのようなクーポンやキャンペーンが効果的か、A/Bテストも行う企業が多かったようです。
さらに、1990年代に入ると、インターネットが普及し始め、オンラインで情報を得る時代へと変わり始めました。
しかし、オンラインでは情報は手に入りますが、「実物を手に取って確認できない」といった難点がありました。
この問題点を解決するために、「付録」や「見本」などを同封した形のDMがこのころから急激に増えていきました。
このDMの手法は日本でも多く取り入れられていき、今では一般的な手法となるまで浸透しました。
通信技術が進歩することでDMは廃れていくと思われがちですが、実は時代の発展に伴って新しいDM手法が生み出されているということがわかります。
2000年代のDM
2000年代に入ると、インターネットがさらに普及し、オンライン広告やSNSといったツールが次々と発明されていきました。
電通による2010年~2016年だけの調査を見ても、インターネット広告費は突出して伸び続けています。
一方で、DMの広告費はピーク時と比較して減少しましたが、近年では安定して横ばいで推移しています。
企業の多くは、今ある最新技術を取り入れながらも、DMを同時に利用しています。
例えば、2000年代に入り急激に市場が拡大された通販業界でも、成功している企業の多くはDMをフル活用しています。
お礼状や、カタログの発送、見本や試供品の発送、新商品の告知など、様々な使い方をしています。
特定された個人に物体で直接届けることができる強みを持つDMは、行動喚起を促すマーケティング手法の一つとして取り入れられています。
今後のDM市場
オンライン技術の発展に伴い、DMの市場規模は今後も変化していくと予測されますが、オフラインでコミュニケーションを図り、オンラインへ誘導することも可能なDMは、今後もマーケティング手法として取り入れられていくと考えられます。
オンライン技術の発展に伴い、データ活用が以前よりも容易となったため、DMの内容に取り入れ反響を上げている企業も見受けられます。
手に取れて、「人と人とのつながりが認識できる」DMという手法はターゲットとの関係性を構築していくうえで重要な役割を持っています。
「オフライン」「オンライン」で分断して考えるのではなく、集客から販売までを1つのマーケティングの流れとして考え、その1つの選択肢としてDMの最適な活用方法を検討することが大切です。
おわりに
以上、DMの歴史とこれからについて解説してきました。
広告は古くは5000年前のバビロニアの象形文字を刷った煉瓦に始まり、日本では奈良時代には利用され始めました。
そして引札という手法が江戸時代にすでに開発されており、アメリカではレスポンスが見える仕組みが構築され、同時にA/Bテストという効果検証の仕組みも開発されました。
これらのマーケティング手法により、DMは洗練されていき、1900年代後半にはテレビやインターネットの出現により、さらに高度な次元で使用されるようになりました。
2000年代にはインターネットやSNSにより減少していったものの、直接ターゲットに訴求できるDMは改めて評価されています。
高度なオンライン技術が開発されている時代だからオンラインの販促を選ぶといった考え方ではなく、マーケティングの流れの中で、最適な手法を選択するという考え方を持つこと大切です。
「DM」の役割を再確認し、自社の販促手法の一つとして検討するのはいかがでしょうか。
教えて!DM先生 編集部
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